■The Spirituals (黒人霊歌)




Spirituals /黒人霊歌は(slave songs, plantation songs, jubilee songsとも呼ばれる)、African-Americans/アフリカ系アメリカ人にとって苦痛に満ちた時代に生まれた唄です。それは、彼らが故郷であるアフリカ大陸から何千マイルも離れた見も知らぬ地まで奴隷船*で運ばれ、そこで奴隷として生きなければならなかったという極めて切迫した現実の中で生まれました。

アメリカ合衆国に連れてこられた彼らは奴隷主である白人に教会に連れていかれ、教会の礼拝を経験しましたが、彼らが真の意味で魂の解放を得たのは、一日の苦役を終えた夜遅くに仲間と秘密に集まりあって、白人達の家から離れた場所で自分達だけの礼拝を持って、神に祈り、歌い、踊った時間であったと伝えられています。それが彼ら自身のキリスト信仰の形でした。

彼らが集まった場所はHush Harborと呼ばれ、白人達の教会を「目に見える教会*1」としたならば、Hush Harborは社会的に「見えない教会/隠れた教会」と言えました。奴隷主達*2は奴隷達が集団を形成することを非常に警戒していたため(もちろん奴隷蜂起、叛乱などをおそれていたわけです)、Hush Harborが発見されれば刑罰が加えられるのは明白でしたが、その危険の中で彼らは集まりました。

Spirituals /黒人霊歌の歌詞と音楽は、逆にそうしたテンションによって強められたともいえるでしょう。そうした切迫した日常からの解放、人間としての真の自由を求める魂、彼らがアフリカ人として継承してきた文化/伝統/習慣の発現、イエス・キリストを信じる新しい信仰の中で彼らの求める自由が実現されるという希望の確信、そのすべてによってSpirituals /黒人霊歌は生み出されました。こうして、Spirituals /黒人霊歌はHush Harborのような場所を中心に長い時間をかけて形成されていったと言われています。


*1/初期のアフリカ系アメリカ人の教会は主に2つに分かれていました。「目に見える教会」と「見えない教会/隠れた教会」です。「目に見える教会」は、白人教会の中の黒人信者や数少ない独立した黒人教会、白人信者と黒人信者の融和したいくつかの教会によって構成されてたと言えるでしょう。「見えない教会/隠れた教会」とはHush Harborと呼ばれた祈りの場所/小屋で、奴隷主達から解放されて彼ら自身が神に助けを求め、歌い、踊り、力と希望を得た場所でした。

*2/奴隷主達に見つからないために工夫として、歌声が外にもれないように、濡らした布や敷物をテントのようにかけ、その内側で固まって歌ったりしたといいます。そうした切迫した状況下で、奴隷達のこころがひとつになって、唄そのものがものすごい希求力を持っていたことは容易に想像できます。数百年後の今でも僕達に伝わってくるゴスペルという音楽が持っている希求力、エネルギーの根源をここにみます。いつの時代も厳しい歴史からピュアで力強い精神の結実が生まれます。Spirituals /黒人霊歌もまた人類精神史の遺産です。




*奴隷船


船倉左船倉右












↑箱詰めにされた奴隷:18世紀の奴隷船ブルックス号の船倉。奴隷船用の船倉は上甲板と下甲板の間の中甲板にあり、その高さは1,2〜1,5mだったといわれている。積載能力の2倍の奴隷を積んでいる船長が多く、様々なケースはあったが、いずれにしろ航海の終わりまでに黒人達の死亡率が10%以下ということは珍しかった。(奴隷船全体の画像はブラウザをフル画面でどうぞ。)

奴隷船


断面







典型的奴隷船の船倉の断面図。↑


典型的奴隷船。→









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