
みなさん、はじめまして。塩谷達也と申します。
今回から1年間、僕のSoul Brotherである那須敬くんと、この連載を担当させていただくことになりました。
小さな者ですが、神さまが用いてくださることを喜んで、思いっきり語らせてもらおうと思っています。どうぞよろしくお願いします。
さて、僕はふだん、歌を歌ったり、作ったり、教えたり、語ったり、いろいろと音楽に携わって暮らしています。
「しおやさんはいいなあ。歌が歌えてー」「しおやさんには賜物があるけど、私にはなあ……」教会などで、こんなことを言われるたびに、
「僕がゴスペルシンガーだとしたら、君はゴスペルパン屋だよね」などと僕は言います。ゴスペル受付でも、ゴスペル販売員でも、
ゴスペル介護ヘルパーでも、ゴスペル学生でも何でもいいのです。
僕は今までシンガー目指してがんばってきたというよりも、気づいたら歌を書き、歌い、語っていたような気がします。
今はもちろん仕事にもなっていますが、だれに頼まれずとも僕は歌うと思います。何もないところから歌を作る、歌が生まれるということは、
孤独と向き合うことです。以前ソニーレコードからデビューした直後によく考えていました。
「なんでこんなきついことを自分からやっているんだろう。もっと楽に生きていけると思ってたなあ」と。
でも今はわかります。僕はこうやって歌っていかなければ生きていけないんだと。神さまが与えてくださることはいつもこうです。
自分では気づいていないけれど、また自分では望んでいないかもしれないけれど、それは自分の魂にとって必要なことなのです。
神さまは僕らよりも僕らのことを知っておられるのかもしれません。そして、僕らにこれしかないという人生を与えてくださる。
これが愛でなくて何でしょう。
それでは、今回はこのへんで、敬に受け渡したいと思います。では、よろしくね。

こんにちは。あたらしくこの連載をshioyaと二人で担当させていただき、感謝です。
僕は現在、大学教員として働いていますが、長いことshioyaがゴスペルを歌うときにピアノを弾かせてもらってきました。
第一回目は自己紹介ということで、僕にとってのゴスペルについてお話しします。
思えば大学一年の春、薄汚れた音楽サークルの部室の扉を開けると、ひょろっとした長髪の男がひとりピアノ椅子に座り、
ギターを弾きながらブルースを歌っていました。「この曲知ってる?」それがshioyaとの音楽活動の始まりでした。
その当時から、ソウルやレゲエを歌う彼の声には不思議に人の心を動かすものがありましたが、何よりもゴスペルやスピリチュアル(黒人霊歌)
を歌うときには、歌っている本人にもピアノを弾いている僕にも説明できないような途方もないパワーがみなぎっていました。
神さまに祈るときと同じ魂の震えを感じた僕は、「これはすごいことになるぞ……」と思ったのです。
その後、僕は研究を続けるためにバンドを離れましたが、今度はshioyaが教会の扉を開くことになりました。
音楽の中に姿を現してくださった神さまの不思議な取り計らいでした。昨年、初めて二人でCDを録音することができましたが、
ゴスペルを演奏するときの叫び出したくなるような喜びは、学生時代のそれと変わっていません。
ふだん自分のことばかり考えている僕たちの生活の中に入り語りかけてくる神さまの方法は不思議です。
心が揺さぶられ、それまでの自分の思い悩みがちっぽけなものになってしまうような瞬間。
僕にとってゴスペルを演奏しているときがそうなのですが、そういうときには、ちょうど暗い雲の間から、遠く高いところに青空が見えるように、
すべてがクリアになり、黙っていられなくなります。
ダビデなど聖書の人々は喜んだり、驚いたりするときによく「主は生きておられる」と叫びますよね。
この叫びこそゴスペルだ、と僕は思うのです。